自分の名前に傷をつけない

就職してはじめて自分の印章を作った。ところが私のミスで「冨井」が「富井」に。慌てて、「すみません!上の点、削ってもらえないですか?」と駆け込んだ。
印章店の初老のご主人はにっこりと笑って引き受けてくれました。数日後、渡された印章は新しく彫り直されていた。「お嬢さん、名前に傷をつけるなんてとんでもない。新しくしといたよ。追加料金?ははは、就職祝いだよ」。その印章は名字が変わったいまも手元にある。「自分の名前に傷をつけないように」…私のお守りだ。

兵庫県 井久保 明子(47歳)

カーテンに押した卒業の印

はじめての印章は中学卒業の時。式が終わると、当時悪ガキだったTちゃんの提案で、教室の白いカーテンのスソに各自の印章を押すことになった。明日からはそれぞれの進路で離れ離れになるというのに、ケラケラ笑いながら…。でも、自分の番になると、とびっきり緊張して、クラス全員43名、順にきっちりと押した。風に揺れるカーテンを見ては、いつまでも笑い続けた。みんな、この印章を大切にしたと思う。

北海道 後藤 留水(49歳)

彼女の印章は「ジェーン」

私が銀行の窓口を担当していた頃、印章の大切さは認識していましたが、慣れもあって特別何も感じることのない毎日でした。そんなある日、一人の外国人が持参された印章がとても可愛らしく、思わず目を合わせて微笑んでしまいました。それはきっと特注で、カタカナで「ジェーン」と彫ってありました。日本に来てからお作りになったと思いますが、その印章ひとつに日本で生活していこうという思いが感じられました。「これからもがんばってね、ジェーンさん」、 私は心の中でそう彼女に伝えました。

京都府 青木 礼子(39歳)